第一部〜青年は荒野をめざした〜

鉄のカーテンの国(旧ソ連)|アウフ・チャップマン(ストックホルム)|ボヘミアンの街(パリ)
はじめての皿洗い(ロンドン)サンドイッチ職人(ロンドン)アフリカをめざして(ロンドン)
魅惑の歴史遺産(イタリア)アラブな人たち(アルジェリア)タイムスリップ万歳(モロッコ)


【2】アウフ・チャップマン(ストックホルム)

 スウェーデンの首都・ストックホルムは北欧の中でも最高に近代的な都市だった。当時の日本では北欧といえばスウェーデンのイメージが強く、女優イングリッド・バーグマンに代表される「金髪・青い目・白い肌」的な美人産出国の代名詞だった。
  「昭和元禄」とまで呼ばれていた高度成長真只中の日本は「ヒッピー」「アングラ」「サイケディリック」の若者文化繚乱期であると同時に性文化がものすごいパワーで氾濫し始めていて、北欧スウェーデンは「フリーセックスの国」として羨望されているような有り様だったから、日本を出る前に「スウェーデンに行く」と言うと友人達は妙な羨ましがり方をした。
 私がスウェーデンに来たかった理由は、ひとつは「スカンジナビア・モダーン」の名に示されるとおり非常に人間的で理知的なデザイン文化の代表国であるという事。それと有名なアルバイト天国である事のふたつだった。
 色々な本で情報を集めていると共通して書いてあるのは「ヒッチハイクの簡単な国はドイツ。アルバイトが簡単な国はスウェーデン」で、本気で間に受けた私は「スウェーデンでバイトして生活費を稼ぎながら北欧デザインを勉強しよう」などと、いとも気楽に考えて殆どお金を持たずに片道切符でヨーロッパに渡って来た状態だった。(今でも相変わらず馬鹿だけど・・・)


ユースホステル「アウフ・チャップマン」

 ストックホルムに着くと、まっ先に「アウフ・チャップマン」に向かった。これは宿泊費の安いユースホステルのひとつなのだが、ヨットのキャビンをそのまま利用したお洒落な施設として街の湖に優雅に浮かんでいる。
 ストックホルムに着いたヒッチハイカーはとりあえず、このアウフ・チャップマンに宿泊の申し込みをする事が一種のセオリーになっていた。ここには世界中のヒッチハイカーが集まって来ていて、各国の街の情報や知識を入手するのには便利な場所にもなっていたからだ。
 私もそんな事を期待して宿泊予約をしにフロントまで足を運んだまでは良かったが・・・。相手の話す英語がさっぱり分からないという、とんでもない状態に陥った。多くの外国人を相手にしているものだからペアレント(ユースホステルの世界では管理人の事をこう呼ぶ)は手加減なしに実に流暢な英語でペラペラと説明してくる。「プリーズ・モア・スローリー」とか「パードン・ミー」とか聞き返すのだが、何度も聞き返していたためについに相手も苛立って「外国に出てくる前に英語をしっかりやり直して来なさい」などと言われてしまった。
 外国人に対して過剰なまでに親切な日本人に比べ、ヨーロッパの人間は何と甘えのない厳しい接し方なんだろうと前途多難を感じてしまう一場面だった。しかし後になって考えてみれば、彼等は同じスタンスに立って相手を平等な立場で受け止めているからこそ、こういった接し方をするのだという事が分かってきた。後にロンドンでは露骨な人種差別を受けた事もあったが、全体的に北欧の人達は人種に対する偏見はあまり持っていない。ただ相手を舐めてかかったりしない代わりに、甘えた人間関係をも持たないだけなのだ。


アウフ・チャップマンには世界のヒッチハイカーが集まる

 ストックホルムの街の中心にある「コンサートホール」は若者達のたむろする場所として有名だった。当時はラブ&ピースのフラワーチルドレンやヒッピー達が世界中に多かった時代で、この場所も自由な空気の漂うスペースとなっていた。
 ガールハント・ボーイハントの場であったり政治討論の場であったり、はたまたマリファナを吸う場であったり。そして私たち外人にとってはアルバイト情報を収集する貴重な場所でもあった。
 地元の若者以外にも、ドイツ人、フランス人、アラブ人、アメリカ人、日本人とストックで仕事を探している外人が約束でもしているかのように集まって来る。私がコンサートホールの階段に座っているとひとりの日本人が近づいて来た。
  「仕事探しているんですか?」
  「ええ、この街に住むために何かいいバイトないでしょうかねえ?」
  相手が日本人で街をよく知っているような感じでもあったので、気兼ねなく訊ねてみた。
  「それが、あるんですよ。すごくイイお金になる仕事が・・・」
  彼は友人とその仕事をやっていたのだが、アメリカに渡るための旅費と生活費を充分稼いだので、後任者を探してから今週いっぱいでやめる予定らしい。
  そんなに稼げる仕事があるならラッキーだと私は大いに興味を持ったが、しかし次の言葉で私は一気にその気がなくなった。
  「・・・死体洗いの仕事なんですけどね・・・。」


若者のたむろするコンサートホール前

 薄暗い冷蔵庫のような部屋でホルマリンの水槽に浮かぶ死体をチャポチャポ洗う・・・なんでわざわざヨーロッパに来てまで、そんな事せなあかんのや。
 まだ日本を出てから日も浅く、期待していた程にバイトは見つからなかったが、それほどお金に困っていた訳でもなかった私はとてもそんな仕事をする気になれずに断わった。
 しかし、このチャンスを逃したお陰でこの先ロンドンまで、長い長い仕事探しのヒッチハイクを続けるはめになってしまったのだった。


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