第一部〜青年は荒野をめざした〜

鉄のカーテンの国(旧ソ連)アウフ・チャップマン(ストックホルム)ボヘミアンの街(パリ)
はじめての皿洗い(ロンドン)|サンドイッチ職人(ロンドン)|アフリカをめざして(ロンドン)
魅惑の歴史遺産(イタリア)アラブな人たち(アルジェリア)タイムスリップ万歳(モロッコ)


【5】サンドイッチ職人(ロンドン)

 せっかく雇われたバイトを失って困っていると、以前ヒッチハイクで知り合った日本人に偶然再会して「良かったら私の働いているサンドイッチ・バーに来ないか?」と誘いがあった。縁とは不思議なもので、私が北欧に到着して一週間目くらいの頃にヘルシンキで初めて出会って以来、彼とは二度三度と異なった場所で偶然に顔を会わせていて一時は一緒にヒチハイクもしていた仲だった。
 勿論返事はOKで、さっそく明日から働く事にした。初めてのバイトに就くまではあんなに苦労したのに、一旦バイトを経験してみると何かのツボみたいなものが身に付くのか、それ以後はフィンランドやデンマークでバイトに就いたがそれほど仕事探しに苦労はしなかった。これも不思議な事である。


左:バイト探しの合間に市内見物〜ロンドン塔にて / 右:滞在延長のため急きょ作った学生証

 新しい職場はロンドンの繁華街「ホルボーン通り」の地下鉄・ホルボーン駅から少し歩いたところにあるサンドイッチ・バーだった。当時、まだロンドンに「マクドナルド」は無くて、ハンバーガーを提供しているのは「WINPY」という店くらいだったと思う。ハンバーガーはもともとドイツ・ハンブルグの地名が由来らしく‘ラフな労働者階級の食べ物’という位置を占めていて、イギリスの紳士たちには英国式食パンのサンドイッチが一般的だった。ビートルズはすでに解散していたが、ローリングストーンズは健在でTレックスなんかも現れた頃のロンドンは、まだまだアメリカ文化には侵食されていない気概のようなものがあったみたいだ。
 そんな訳で「サンドイッチ・バー」というのはイギリスでしか見当たらない、一種の英国的大衆食堂でもあった。日本人の私は子供の頃から、食パンといえばフチに耳のある四角形のものを思い浮かべたが、ヨーロッパではバゲットやクロワッサン、ベーグルといった様々なものがあって、私が食パンと呼んでいたものは実は英国式パンなのだという事がその時に分かった。


左上の下宿先からユーストン通りを東に歩き、トッテンハムを南下して大英帝国博物館を左に見ながらオックスフォード通りを東に30分

 職場は新しい下宿先から徒歩で一時間ほどかかった。冬の寒いロンドンの朝を毎日徒歩で通うのは厳しかったが、少しでもお金を貯めたかったので地下鉄代を浮かすために歩き続けた。学生時代は遅刻の常習犯だった私だが、さすがに一人で生きて行かねばならない状況に置かれて甘えは許されず、一度の遅刻もなく往復二時間の道のりを毎日歩き続けたのだった。
 仕事の内容はサンドイッチ作りと店内の給仕。前のホテルの皿洗いに比べると給料も少し良かったし、時間の経つのが早い感じだった。
 まず朝一番にする事は、パン生地にバターを塗る事から始まる。変な手作りのバター塗り器の様なのがあって、謄写版のインク練りみたく感じで手作業でバターを塗っていた。脇ではキャシーというロンドンっ子がサンドに挟む「具」を作っているのだが、この娘が気さくな性格で自分の弟のように私に親切にしてくれた。
 実を言えばこれまでに、ロンドンで暮し始めてから時々‘人種差別’を感じさせる嫌な応対に会った事もあり、少しイギリス人に対して腰を引く感じで接してきたのだが、この職場では皆が友好的に接してくれた。たぶん以前にここで働いていた日本人が築いた友好関係だったのだろう。現にここのオーナーはユダヤ系だったが、アルバイトは日本人を積極的に雇う考えの人で、日本人の仕事ぶりを高く評価している人だった。
 私はそれ以前もそれ以後も度々思う事があったが、過去の一人の日本人の行ないが後から来る日本人の評価に影響を与えてしまうという事だ。良い評価ならば大歓迎だが、前にスウェーデンでは私の到着する少し前に、腹を空かせた日本人ヒッチハイカーが王宮の堀に浮かぶ白鳥を食っちゃうという事件が起きて地元新聞に報道され、周囲の軽蔑にも似た白い眼にはマイったものだった。(日本の国内で皇居の白鳥を食う奴なんか絶対いないだろうに・・・)


ロンドンのクリスマスは日本とは違って静寂に包まれている。左:ロンドンの繁華街リージェント通り / 右:のみの市でお買い物。

 このヨーロッパに来るまでは知らなかったものが沢山あった。私の知識不足も勿論なのだが、情報量も現在に比べて圧倒的に少なかったし、実際に物流もまだまだ乏しかった。音楽やファッションなど世界的な流行に関してはかなり取り入れていたが、ヨーロッパの生活に根付いた「本物志向」はあまり取り入れられてこなかったように思えた。
 横浜、神戸は勿論、東京にも「紀伊国屋」のスーパーとか銀座、丸の内とかがあって‘本物の外国’を味わえる所があっただろうけれど、1971年に日本に初めてマクドナルドが出現した頃の我が地方都市では、まだ‘本物のピザ’を食べている人は少なかったように思う。
 キャビアはソ連で、アンチョビはスウェーデンで初めて食べたけれど、このロンドンのサンドイッチ作りの仕事で本物のスモークサーモンが好きなだけ食べられたのは最高だった。初めて味わってやみつきになったのが、ハムとチーズを挟んでホットプレスしたサンド(今では珍しくもないけれど)日本に居た頃にそんな食べ方はなかったので、これまた新鮮で好物になってしまった。日本ではまだ「スライスチーズ」なんて発売されていなかったから、あのトロリと溶けた風味を味わうのは初めてだった。(そう言えば「マクビティのチョコレートの乗った麦芽ビスケットもロンドンで初めて食べたのを思い出す)
 とにかく色々な食材やメニューに出会う事が多かった職場だったので、いつの間にか「イギリス風サンドイッチ」の職人感覚になってきて、
 「日本に帰ったら、この本物のサンドイッチを提供する店でもやってみたいなあ・・・」などと思うほどになってしまった。
 「まだまだ日本で知られていないもの、間違って教えられているものが沢山ある。本当はこれなんだよ、こんなモノがあるんだよとビジネスで紹介できれば楽しいだろうなあ」と思っていた頃だった。そのまま急いで帰ってくれば・・・私も今頃は‘食の世界のフランチャイザー’くらいになっていれたかもね(苦笑)


散歩していたら、たまたま火事現場に遭遇。イギリスは消防隊も何となく紳士的・・・。

 

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