「伊勢かつ丼」が生まれるまで・・・

●突然、嵐の如く 【思い付き編】

 以前から時々足を運ぶお店があった。「つきよみ食堂」という伊勢うどんとカツ丼をメインにした大衆食堂だ。
 その日も普段と同様に私のお気に入りの「ホークス丼」(ピリ辛系カツ丼)を食べに出向いたのだが、店主との会話の中で何か「郷土の名物メニュー」を作り出したいという話が持ち上がった。ここのお店は創業から早20年が経っていて、既に人気メニューも定着して安定的にはなっているが、自慢の「伊勢うどん」も「カツ丼」も周辺には扱っているお店がいっぱいあるので何か独自性のあるメニューが必要ではあった。
 地元の名物「伊勢うどん」はそのスタイルが完成されていて、もはや改良の余地はない。ならば、と思考を始めたのが「郷土の味覚」を取り入れたカツ丼を開発する事であった。
 私は前々から「食」に関してもいくつかのアイデアがあったので、そのひとつを提供してみた。「伊勢を象徴する代表的味覚の溜まり醤油をベースに考えてみたらどうだろう?」
 何事にも結構慎重なタイプの店主が、この時ばかりは「それはイケる。やってみよう!」と積極的な姿勢を示したので、遂に「伊勢の新名物誕生」の歴史が始まる事となった。

●塊より始めよ 【試行錯誤編】

 さて、メニューの大まかなイメージは出来上がったが、実際にどうやって具体化してゆくか?
 とりあえずオーソドックスに「伊勢うどん」の溜まり風味を生かすという考えで、ご飯の上にカツを置き、上からうどんのつゆを掛けるというやり方で試食をしてみたのだった。・・・が、ボツ!
 
「つきよみ食堂」の店主Kさんはこの後も「出し汁」を増やしてみたり「砂糖」や「味醂」を加えたり、カツを揚げる段階では「肉にダシ汁をしみ込ませるか?揚げてからコロモにダシをからめるか?」と新メニュ−開発をめざして試行錯誤の格闘を続けるのであった。
 毎日お昼の休憩時間に食べる物は「伊勢かつ丼」!実に壮絶な「伊勢かつ丼」開発との闘いの日々が続く中で、数日後ついに彼はご飯とマッチする味つけを発見した。(模索の苦労はKさんにしてもらって、私は程良い味を見つけてもらってからの試食という訳)
 しかし、Kさんの新メニューとの闘いはこれで終わった訳ではなかった。次に待っていたものは、従来のカツ丼に玉子の存在があるように、ご飯とカツの間を取り持つ「伊勢かつ丼」らしいコーディネート・アイテムの探求であった。

●夜明け前 【第一号誕生編】
 努力の甲斐あって、カツとご飯と溜まり醤油の他所では味わえない絶妙のマッチングには成功したのだが、次のステップでまたまた試行錯誤をするハメとなった。
 確かに本体は充分に出来上がったのだから、もうこのままでもいいじゃないかとも思えるのだが、思っていた以上に素晴らしい「新味覚のメニュー」が完成したのだから更に万全を期して、お吸い物や添え物など周辺のアイテムにも工夫を凝らして完成度の高いデビューを飾りたいと考えた。
 重要なポイントとなるカツとご飯の間の部分には「山芋」「大根」など味つけも考えながら色々工夫してみたが、山芋は存在感が強くて「山掛け丼」と差がなくなってしまいそうだし、大根は結構イケたのだがどうしても水っぽい感じになってしまうので却下(後にこの大根の旨味は添え物の和風サラダとして採用される事となる)。今回も私はイチャモンつけるだけで、結局店主Kさんがあれこれと試食を重ねて、ついにシンプルながらも溜まりの甘味を上手く引き出してくれる「玉葱」をスライスしてご飯に敷く事となった。
 これまでの試行錯誤の味覚追求の成果か、Kさんはお吸い物にもピッタリの素材を考案して「伊勢かつ丼」のデビュー準備は見事に整った。


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