〜70年代・ヨーロッパ放浪青春像〜

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[1]奇妙な共同生活

 ヘルシンキの繁華街からオリンピックスタジアムに続く大通りKolsholumantieから、少し入ったところにその下宿はあった。
 重い扉を開けて階段を昇ると、正面にはふたつに分かれた部屋がある。一方は大家さんの住まいとなっていて、もう一方がオレの新生活の拠点だ。
 この部屋の住人はオレ以外にもう二人の日本人が住んでいる。一人はオレのバイト先の同僚で、もう一人はどこからか斡旋されてきたオレよりもひとつ若いヤツだ。
 皆それぞれに思いを持って日本を出て来た筈なのだが、あまり話題に共通点もなく日々刹那的な会話を交わすのみだ。バイト同僚のヒロはミュージシャンを夢見ていて、時たまビートルズやロックミュージシャンに関わる音楽論議を始めるのだが、若い方のサブは根っからの演歌好きでオマケに吉田拓郎の大ファンで洋モノは嫌いときている。話が噛み合う筈もない。
 オレはオレで絵を描いてみたり「真の芸術とは何だ?」とか思い巡らしていたりするものだから、とんでもない方向に話はそれてしまったりする。互いが学生気分そのままで、生き方だけでなく精神的にも放浪しているといった状態だった。

 「拓郎はイイっスよ〜、やっぱ。♪ユカタのキミ〜は・・・なあんてね」
 「あんなもんのどこがイイんだか・・・ぜ〜んぶ洋モノのマネじゃんか」
 「それはナイっスよ!拓郎の感性はサイコーっス。俺たち日本人の心にジンと伝わるっス」
 「確かにウケ狙いはウマイわなあ」
 「お〜〜〜っ!その言葉は許せないっス!」

 また始まった。何かひとつの感想を述べると、必ずツッコミが入って互いの譲れない一線にまでエスカレートしてしまう毎日だった。そんな話題の中に加わりながらも価値観の違った者同士の奇妙な共同生活を続けているには、経済的であるという事以外にそれなりの訳があった。このヘルシンキという街は、オレたち日本人にとって暮らしやすく、また不思議な特権意識をくすぐってくれる街でもあったのだ。
 ヨーロッパを放浪していて目的を失ってしまった連中が、ひとときの安らぎを求めて腰を下ろすには恰好の場所でもあった。サブは日本を出てまだ日も浅くそれほど放浪に疲れたとは思えないが、単細胞なヤツだからどこかでこの街の噂話を聞いてやって来たのだろう。

 ああだこうだと俄討論がひと段落付いた後は、お決まりのナイトライフ・コースが始まる。昼間のバイトが終わって一息つくと、殆ど毎日の日課のようにオレたちはディスコにくり出す生活だった。
 目的は勿論ガールハント。その夜を一緒に過ごす女を探しに、オレたちは毎晩ディスコ通いをしていたのだった。ヘルシンキの街には「モンディ」と「ハミス」という二大有名ディスコがあって、多くの若者たちが集まって来ていた。